蕎麦セラーについて

このサイトは、さまざまなソバ粉との出会いと、その粉から生まれた蕎麦たちの記録を集めた、個人的なアーカイブ「蕎麦の貯蔵庫(soba cellar)」です。

蕎麦には、さまざまな種類があります。
甘みが強く軽いもの、旨みが濃く重みのあるもの、香りも旨みも芳醇なもの。
白かったり黒かったり、ザラザラしていたりツルツルしていたり。
蕎麦は、ヒトの持つ五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)をダイレクトかつフルに刺激してくる食べ物です。
そして、同じ蕎麦と言っても、品種や収穫期、製粉方法はもちろん、打ち方ひとつでも常に新しい側面を魅せてくれます。

その、一期一会とも言えるバラエティに富んだ蕎麦そのものを味わうのも楽しいですが、
単なる料理として味わうだけでなく、
目の前の蕎麦のルーツ、味の文脈や歴史、器や食べ方、装いやしつらいなど、周囲の要素も含めてひとつの「食文化」として体験できたら、もっと楽しみが広がると思いませんか?

いまはまだ、旅の途中。
料理も蕎麦打ちも趣味ながら、どんな仕上がりでも、その蕎麦を知り、活かし、ひとつの膳に装い仕上げ、蕎麦を取り巻く空気ごと味わう愉しみ方を模索しています。

つぶやきを書き連ねたアーカイブですが、
もしこのセラーが誰かのソバ粉選びの参考になったり、「ちょっと蕎麦を打ってみようかな」と思うきっかけになりましたら、とても嬉しいです(∗ˊᵕ`∗)

 

セラーの管理人

Soba O’ba Roba(ソバ・オバ・ローバ)

「おそばのアトリエ」主催、
「調理」という“魔法”に魅了された、お蕎麦のキュレーター。
普段は、チラシや書籍などの紙媒体を主とするグラフィックデザイナー、近年はプライベートシェフとしての活動も始めました。
蕎麦を料理としてではなく、ソバの個性・歴史・余白までも含んだひとつの食文化として包括的かつ立体的にデザインし、お蕎麦を取り巻く環境全体を設計することを目的に遊んでいる人です。

貯蔵庫の主

My “Oh! Soba” Story(マイ・お蕎麦ストーリー)

初めての蕎麦打ちは、たしか小学校4年生のとき。
学校に寝起きのパジャマ姿でくるような担任の先生が、クラスで持つ畑を使って「蕎麦を打とう」って提案してきたんです。
わたしたち、畑を耕して、ソバの種を蒔いて、育てて収穫して、
乾燥させて、足踏み脱穀機や扇風機をつかって脱穀して、
黒い種のままの玄ソバを石臼で挽いて、ふるいにかけて製粉して、
お蕎麦屋さんに行って見学して、調理室にある器材を使って蕎麦を打ったんです。
そこで出来た蕎麦は、とても手繰れるとは思えない、ミミズみたいな太くて短いブリンゴムンとした黒いお蕎麦。

それから25年後の2015年2月。
何を思い立ったのか、東京都中野区のワンルーム、小さな2畳程度のキッチンで、「ボウル・まな板・ラップ(のし棒代わり)・包丁」を使って蕎麦を打ってみたのが、ここに至る発端。
トラウマとも言えるあの蕎麦が脳裏をかすめるものの、
「あら♡」
きちんと、つるつると手繰れる蕎麦ができたじゃないですか。

「蕎麦打ちは難しい」ってハードル高いこと言ってるけど、カンタンじゃん!

お調子者なので、すぐに調子に乗ってしまうんですね。
始めて間もないにもかかわらず、「粗挽きの十割」を打ってみたいと思い、地元の製粉所が製造する超粗挽き粉「玄挽(げんびき)」をお取り寄せしました。
数々の有段者がその前に屈してきたという噂の粉のようですが……
書いてある通りに打ったら、これも細い蕎麦がすんなり打ててしまうという。

ノリに乗って回数を重ねていくのですが、そのうち、蕎麦の出来に「ムラ」を感じるようになります。あるときは細かったり、あるときは太かったり、時間を置くと木っ端になってしまったり。
ムラが生まれたら、その原因を探り、きれいに均したくなりますよね。

蕎麦っ食いというほどの蕎麦好きではないつもりですが、気になると実践したくなってしまうヘキに押されて、試行錯誤しているうちに出会ったお粉は「ソバ粉アーカイブス」の通り。
もっとたくさんのお粉に出会って研鑽できたらいいんですけど、人ひとりが食べられる蕎麦の量には限界があり、なかなか思うように知識や経験が積めないのが歯痒いところ。
蕎麦打ちの最大の難関は、技術的なことより、継続的に食べてくれる人探しかもしれません(笑

蕎麦には、不思議な魅力があります。
米よりも古く、縄文時代から人々の食を支えてきた穀物の力かもしれません。

お蕎麦の話をしていると、道具を取り出して打ちたくなってきますね。
明日は、どんなお粉に出会えるでしょうか。