日本人の「主食」とされる、お米。
そのお米には、白米、玄米、胚芽米などの種類があり、
同じお米でも原料の状態によって名前や味が違うことは、
多くの人が知っていると思います。
同じく、日本人に馴染みのある蕎麦。
黒い蕎麦、白い蕎麦、グレーっぽい蕎麦、さまざまな種類がありますが、
こちらはいかがでしょう。
「おそばのアトリエ」では、
このモヤモヤと霧のかかった「ソバ」の世界に焦点を当て、
その解像度を上げる取り組みに挑んでいます。
このページを読んでいただくと、
「この蕎麦はね、こういうソバだよ」
蕎麦を目の前にして、きっと誰かに伝えたくなるはずです。
ソバの解剖:パーツの個性
ソバは、種としても麺としても、同じ「そば」という音を使うため、
ここでは、原料の状態をソバ、製麺されたものを蕎麦としています。
蕎麦の元となるソバは、実、あるいは種です。
ソバを手に取って観察する機会はなかなかないと思いますが、
ソバは、種を守る外殻、種を覆う甘皮(種皮)、仁にあたる胚乳で成り立っています。
クルミやピスタチオも、種を守る硬い殻があり、内側の種は、薄い皮に包まれていますよね。
同じような成り立ちです。
そして、胚乳の内側にも層があり、大まかに外側から外層、中層、芯に分れます。
これら、外殻、甘皮、胚乳(外層・中層・芯)にはそれぞれ特徴があり、
実は、その有無や強弱こそが、目の前にある蕎麦を生み出しています。

![]() <殻> 種子を守る硬い殻。 ポリフェノールやタンニンを含み、ワイルドで力強い風味、苦味や収斂味が楽しめる。 | ![]() <甘皮> 胚乳を包む薄緑色の皮。 繊維質やポリフェノール、フラボノイド、ルチンを含み、香りや旨み、つながりやコシに影響する。 | ![]() <胚乳・外層> 胚乳の外層部。 タンパク質や繊維質を多く含み 色が濃く香りや味が強い。 硬いので粒子が残りやすい。 |
![]() <胚乳・中層> 胚乳の中間部。 蕎麦の風味や味を形成する主要部分で、タンパク質とデンプンのバランスがよい。 | ![]() <胚乳・芯> 胚乳の中心部。 高純度のデンプン質で砕けやすい。蕎麦の甘みとつるみ、透明感を生む。 | ![]() <胚芽> 栄養価の高い胚芽(子葉)は、胚乳部に埋もれており、他の部位と併せて挽かれるため、満遍なく含まれる。 |
「粉」になってしまうと分かりませんが、
タネそのものに焦点を当てると、パーツごとに特徴があることが分かります。
では、これらのパーツが粉になるとどうなるのでしょう。
その前に、大きな分岐があります。
ソバを粉にする
製粉前のかたち
製粉するにあたり、まずはじめに「製粉前のかたち」を整えます。
ここがまさに、米でいう「白米・玄米・胚芽米」で、蕎麦の個性を大きく分ける工程です。
蕎麦の原料は、すべて黒い殻が付いた状態の「玄ソバ」です。
製粉前のソバには、タネそのものの「玄ソバ」と、
外殻を取り除いた「脱皮(だっぴ)したもの」とあり、
脱皮したものの中でも大まかに「丸抜き」と「挽き割り(挽き抜き)」があります。
脱皮をしたソバを表す言葉には、地域や製粉所による違いがあるようなので、
ここでは、形状維持をしたものを「丸抜き」、割ったものは「挽き割り」としています。

![]() | 玄ソバ | ソバのタネそのもの。 これをそのまま製粉すると、野趣あふれる黒い蕎麦になります。 その見た目や質感は、石臼での挽き方やフルイのかけ方によって変わってきます。 |
![]() | 丸抜き 抜き実 むき実 ヌキ | ソバの形状を維持したまま、殻を剥いたもの。 殻のもつ収斂味が取り除かれ、ソバの甘みや香りを楽しめる蕎麦になります。 ソバを大きさごとに分け、凹凸ムラを均して脱皮することで、形を崩さずに剥くことができるようです。 江戸時代には、ひと掴みの中に剥けていないものが3粒まで、という許容制度で取引がされていたといいます。 |
![]() | 挽き割り 挽き抜き ヌキ | ソバを割り、殻を取り除いたもの。 割ることで柔らかい芯が砕けやすく、結果として外層割合が高くなります。 丸抜きに比べ外層割合が高く、殻の砕けた名残として「星」と呼ばれる黒い星が浮かび上がるのが特徴です。 |
各特徴のまとめ
| 原料 | 脱皮状態 | 殻 | 甘皮 | 外層〜中層 | 芯 | 特徴 | |
![]() | 玄ソバ | ー | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | すべて |
![]() | 丸抜き | 脱皮 | × | ◯ | ◯ | ◯ | 殻以外すべて |
![]() | 挽き割り | 脱皮 | △ | ◯ | ◯ | × | 殻と芯以外 外層が主体 |
このように、製粉前のかたちだけでも、違いがあるのが分かります。
そして、種の層構造をそのまま食材として体験できる、
世界的にみても面白い食べものだということがわかります。
もう少し食い込んだお話。
挽き割りは、割ることでデンプン質の芯が砕け、
結果として風味や旨みの濃い外層が残るのが特徴です。
本来脱皮を目的とした挽き割りですが、この特徴を活かして、
江戸時代には、丸抜きを挽き割り、味の濃い外層部だけを挽いて、風味とつながりのよいお蕎麦に仕立てていたところもあったようです。
挽き割り脱皮の派生にあたる方法なので、「製粉前のかたち」からは除外しました。
他にも、丸抜き脱皮で殻を剥ききれなかったものが混ざった「粗丸抜き」というものもあり(状態としては玄ソバと丸抜きのブレンド)、製粉前の状態だけでも何通りかあります。
では、製粉していきましょう。
ソバを挽く
「製粉」とは、穀物などを粉にすることを指し、
ソバの製粉方法には、「胴搗き」「石臼挽き」「ロール製粉」があります。
ここでは、「石臼挽き」について書いていきます。
石臼挽き製粉
古来から使われてきた「回転式石臼」は、溝を刻んだ石を上下に積み、上臼を回転させて穀物を細かく砕く仕組みになっています。大量生産には向きませんが、摩擦熱が少ないため、ソバの風味を損ないづらかったり、粒の大きさにばらつきが出ることで麺に弾力が生まれるのが特徴です。
この、「石の種類」や「溝の刻み方(目立て)」「挽き込み具合(回転速度)」によって、
粗く挽かれたり、細かく挽かれたりします。
特に、石臼の溝(目立て)は、粉を砕きながら外へ送り出す役割をしており、
その刻み方によって粉の粒子の出方が変わるようです。
粉のイメージ

石臼挽きでは、入れた原料のすべてが粉になります。
いわゆる「挽きぐるみ」と呼ばれるものです。
挽かれた粉をそのまま「無篩」で打つ場合もありますが、
中には、大きなソバ殻の破片など、心地よく食べるのに適さないものも含まれるため、一般的にはこのあと「フルイ」にかけて精製し、粉の粒子を整えます。
このフルイのかけ方によって、白く透明感のある蕎麦にも、黒く野趣味ある蕎麦にもなります。
粉をふるう
フルイのイメージ

石臼での挽き方によりますが、玄ソバの場合、
ガララっと挽いたお粉を細かいフルイにかけると、芯を中心とした細かい粉になり、
粗いフルイにかけると、芯の粉だけではなく、粗く挽けた殻や外層が含まれる粉になります。
透明感のあるような蕎麦は、細かい芯と粗めの中〜外層。葛餅の中に胡麻が点在するイメージ、
鈍色の蕎麦は、全体的に細かい粉。葛餅に黄粉を入れて練るイメージ
とするると、なんとなく粉の状態が掴みやすいでしょうか。
一番粉・二番粉・三番粉
よく、ソバ粉を表す言葉で「一番粉・二番粉・三番粉」というものを目にします。
一番粉は、芯の粉。
二番粉は、中層の粉。
三番粉は、外層の粉を指していますが、
これは、ロール製粉という、部位ごとに製粉できる機械で挽く場合使われる言葉だそうです。
したがって、「石臼挽き」は、丸ごと製粉される「挽きぐるみ」なので、石臼挽き粉に使われている場合は、色や粒の違いで便宜的に指し示しているものだそうです。
まとめ
原料のかたち、石臼の挽き方、フルイのかけ方、
この3つの工程の組み合わせにより生まれるのが、ソバ粉です。
たとえば、原料が3種類、挽き方が3種類、フルイが3種類あるとすると、
その組み合わせから、27種類のソバ粉が挽ける、ということです。
つまり、
蕎麦は一種類ではありません。
どんな原料を使い、どのように挽き、どのようにふるったかによって、
まったく違うソバ粉が生まれます。
ソバの構造から、ソバの部位、そして製粉にわたって見てきましたが、
いかがでしょうか。
「あ、わたしが好きな蕎麦は、これかもしれない」
そんなふうに思い当たるものが、少し見えてきたのではないでしょうか。
黒い蕎麦や白い蕎麦を、ただ同じ蕎麦として見るのではなく、
それぞれに生まれ方の違う、別の蕎麦として見えてくるかもしれません。
早速、お蕎麦屋さんに行って、確かめてみたくなりませんか。
では。
いま、目の前にある蕎麦は、どんな蕎麦でしょう。
その蕎麦ができるまでの工程を想像しながら食べてみると、
きっと今までとは、少し違って見えてくるはずです。
<参考文献>
日新舎 友蕎子 (著), 新島 繁 (その他), 藤村 和夫 (翻訳), 『蕎麦全書〈伝〉』, ハート出版, 2006
井上直人,『そば学』,柴田書店,2019
安田武司,『科学的にみた「そばQ&A」』, アグネ承風社サイエンス, 2021












